
「板橋区」を離れる事を予期していた昨年の冬、
ボクは幼少期にいた「高島平」に行ってみた。
昔はマンモス団地と言われていたこの街が、
高齢化社会に伴って住人が減り、今じゃデッドタウンと化してしまった。
そんな高島平団地をぐるりと流し、
駅北口から荒川の方に歩いていく途中にこの新河岸川がある。
子供の頃に、ここでよく鯉釣りをしたのを思い出す。
けどそれから20年以上経って、ボクの眼に見えるこの景色は、
何となく北朝鮮のような殺風景さがあったのだ。
高島平に来て、唯一ホッとさせたのが、
幼少期に通っていた屋台の焼鳥屋があり、
そのおじさんがボクの事を何となく覚えていてくれた事だった。
石田晋也より
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今回は、青山霊園で撮ったポラロイド写真。
ボクが一番好きな花は「桜」である。
色が好きなことはもちろん、春のスタート感があるし、
それに花の盛りに散ってしまうところが何ともすばらしい。
人生に例えるなら、散りぎわの美学に当てはまる気がする。
桜を見ていると、そんなことを教えてくれるのだ。
今年はどこの桜を見に行こうか。
石田晋也より
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今回は失業中に新宿をぶらついて、
ふと空を見上げた時に目に映ったヒコーキ雲。
この時期は、自費出版写真集の売り込みをかけていて、
思い当たる出版社を何社か訪れ、
自分の表現をもっと感じてもらいたい一念をぶちまけていた。
しかし、そう簡単には結果が出なかった。
月並みな言葉で言えば、世間はそんなに甘くなかったのだ。
その後、この空のようにポッカリと心が空いてしまい、
何故か一時的に写真から離れてしまった。
石田晋也より
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今回は「偽ファッション」の個展で知り合った外人さんの
知人のモデルをマンションスタジオで撮影したもの。
外人モデルを撮るのは初めてで言葉の壁はあったけれども、
刺激感とグローバル感を味わえた。
今じゃ撮る対象が街だけれども、この時は圧倒的に人物だった。
石田晋也より
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撮る側のボクとしては、初めて撮られる側になった。
今回は、当時知り合いのカメラマンにスタジオで撮ってもらい、
プレゼントしてくれたベタ焼きを複写したもの。
この頃の自分を振り返って一言で表すならば、
情熱と挫折との繰り返しだったと思う。
そんな葛藤の過去を乗り越えて、
今の自分が形成させているのかもしれない。
そんな事を思う、今日この頃である。
石田晋也より
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「東京にもアメリカがあるんだ」
そんな風景を目の当たりにした時、ボクの心を衝撃させた。
その場所は東京・福生。
駅を降りると、近辺には寂れてしまった飲食店街や風俗店街。
それから横田基地へ行くに連れて、
外人ハウス・英文の標識・黒人・古着屋・雑貨屋など。
空にはたまに飛行機が至近距離で飛んでいるし、
国道ではハーレーダビットソンが自慢げに風を切っている。
今回は、線路沿いを歩き去るカップルを撮ったものである。
まるで映画のワンシーンのような写真だ。
石田晋也より
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池袋ではいろんな手法で実験をした気がする。
現在はデジタルカメラを使っているが、
当時は中判カメラやコンパクトカメラなどのフィルムカメラを使っていた。
Nikon FM2
PENTAX 645
PENTAX 67
PLAUBEL MAKINA 67
Polaroid 690
LEICA minilux
RICOH GR1
RICOH GR DIGITAL
と、こんな具合にカメラを変えるたびに、この街でテストをしていたことになる。
今回は、その中で唯一のポラロイド写真である。
ちなみに最近までの、池袋でのモノクロ撮り下ろしはこちら。
「IKEBUKURO 2003-2008」
http://www.ishidaplanning.com/works.html 石田晋也より
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今回は、当時引っ越した時にベランダから撮った空景。
この時期からカメラも中判カメラに変え、
撮る対象もファッション的写真から私写真へとシフトした。
ただし、生活は不安定で焦燥感に苛まされていて、
写真に対するモチベーションは決してくすぶることはなかったが、
なぜかイライラしていた。
現在もこの場所に住んでいるが、
そろそろこの街に別れを告げる時がくるだろう。
石田晋也より
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